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2000年12月26日

霧積正和という刑事 # Investigation-I "Late.12.2000"

 二十世紀最後のクリスマスも間近に迫ったある日の夜。事件は起きた。
 その事件は、110番に掛かった一本の電話から始まった。

 「いまから人を殺しに行くよ。場所は山川町のどこか。急いでね。」

 その声は子供のように陽気で楽しげだったという。これを受けた警察は直ちに山川町内の警戒を強化。しかし不審な人物を確認できず、狂言と判断しかけたその時にそれは発覚する。
 巡回中の交番巡査が夜道を一人歩く少女を発見、自宅に帰る途中だというので同伴した。彼女を送り届け再び巡回に戻ろうとしたその背後に、悲鳴が響いた。

 「こちら山川町派出所の金子!住所133の8にて警戒措置!至急応援求む!」
 ……やけに静かだ。さっきの子は、まさか?
 玄関から廊下、一番奥の部屋の明かりがついていた。彼女はあそこだろうか。警棒を握り締め、奥へ奥へと歩を進める。緊張が走る。
 目的の部屋に着いた。リビングだった。足元に、少女が力なく座り込んでいた。
 「大丈夫か?どうした!」
 しかし訊くまでもなかった。それをすぐに理解した。少女の悲鳴、床に崩れるほどの衝撃。彼女の眼前に広がるのは血の海。おそらくは、父と母の息絶えた体。
 「……こちら山川町派出所の金子。警戒地点にて重傷者二名を確認。救急救命車の手配求む。」

 この後到着した応援の刑事たちによって、夫妻の死亡を現場にて確認。同時に、母親に庇われ意識を失っていた第二子・松本奏樺と、第一発見者である第一子・松本杏樺を併せて保護した。
 翌未明、警視庁は"山川町夫婦殺害事件"として捜査本部を設置。電話の声の解析をはじめ各方面からの捜査を開始。
 さらにその二日後、犯人より二度目の電話があり新たに二世帯で犠牲者が出た。

 事件発生から四日目。朝から立て続けに二軒の家を廻った霧積と碓氷は銀色のセダンで国道を北上していた。時刻は既に太陽が南から西へ向き始めている。
 「コイツは、相当悪趣味な奴だな。」
 「全くです。目的は何でしょう。」
 「さあな。」
 「PTSDを植えつけているとか思えないこのやり方……。犯人も、何らかのトラウマを持っているということでしょうか。」
 「そうだとしても、コイツは今愉しんでいる。」
 「………。」
 霧積警部補と碓氷巡査。捜査本部設置の際は何かとペアを組まされることの多い二人である。そして、今回は"山川町夫婦殺害事件"改め"山川町夫婦連続殺害事件"の捜査を進めていた。
 「でも霧積さん。なんで大和市に?」
 碓氷の運転する車は霧積の指示で山川町から北の大和市に入っていた。その質問に、事件調書の遺体写真を見ながら淡々と答える。
 「腹ごしらえだ。」
 「そうですか。」
 苦笑するしかなかった。
 「この前面白いラーメン屋を見つけてな。味は格別に美味いわけでもなく、かと言って不味くも、素朴な味でもねえ。なんとも表現しがたいんだが、たまにこうやってまた食べたくなるんだ。」
 「へえ、なんて店です?」
 「莱来堂。」
 「ああ、あの辰珠館のライバル店ですね。名前は聞いたことあります。」
 「辰珠館って署の向かいにあるあれか。」
 「ラーメン食べに隣町なんて。また部長に怒られますよ?」
 「捜査の一環だって言えばいいだろう。それより、今の交差点左折な。」
 「ぐっ……。」

 大和市、莱来堂三号店、その店内。
 碓氷が炒飯一皿を食べ終わる頃、霧積は定番となった醤油ラーメンに替え玉を注文し、つまり二杯分を完食していた。またも、遺体写真を見ながら。
 「何か引っかかるんですか?」
 「なんだ。いま食い終わったのか。」
 碓氷は自分の時計を確認する。注文が運ばれてからまだ八分だ。
 「五分で食え。そんなもん。味わうな。要は栄養が入れば良いんだ。」
 「あの、おかわりしてましたよね?」
 「俺は味わいつつ早く食べられるんだよ。経験値の差ってやつだな。」
 半分感心しつつ、一方ではその境地には達したくないという葛藤を巡らせながら碓氷は質問を変えた。
 「ところで霧積さん。今回の事件、どう思いますか?」
 「どうって何がだ。」
 「妙なことばかりです。犯人から電話が掛かってきていること、変声機も無しにですよ?おまけに小学生の子供がいる家を狙い、親だけを殺していく。」
 「だから、愉しんでんだろうよ。」
 「殺人を、ですか?」
 「それもだろうし、俺たちとの――」
――ピリリリリリ
 「霧積。……ああ。……おう、分かった。すぐ行く。――碓氷、勘定頼む。」
 「呼び戻しですか?」
 「いや?すぐ近くだ。」
 ニッと笑いながら着古したコートを羽織る。刑事霧積の休憩が終わった。



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2000年10月25日

はつこい # First Love-00 "Late.10.2000"

―・Saki Asano・―
 初めて恋心を意識したのは中学に上がってからだった。お母さんが死んだとき、決して帰ってくることのなかったアイツに憎悪を抱いた。私たちを引き取り育ててくれた祖父は例外だったけど、男というものにも嫌悪感を持つようになったのもその頃だと思う。
 祖父たちは好きだ。でもいつまでも面倒を掛けるわけにもいかなかった。だから半ば意地を張って、三回忌を過ぎた頃、祖父母には以前から趣味にしていた旅行を再開するよう勧めた。けど本音は、季沙は私が見る。私が守る。そう思うようになっていた私の、独占欲の表れだった。
 そして、私たちは二人きりで暮らすようになった。

 それから先、きっかけになったのは季沙が熱を出して倒れたときだった。それはもうひどい熱で、私には数年前の悪夢がよみがえる。また大切な家族を失ってしまうんじゃないかと、たまらなく恐かった。
 病院でもらった薬を呑ませ付きっきりで看病をした。だがうなされる中で彼女がひたすら呼ぶのは、父親だった。でも季沙がいくら呼んでもアイツは来ない。私の耳にこだまする度に、私はアイツを呪った。
ようやく熱が引いて意識が戻ったのは、夜遅くのことだ。
 「お姉ちゃん……?」
 「あ、季沙!よかった、苦しくない?」
 「うん。心配掛けてごめんなさい。……お父さんは、もう仕事に行っちゃったの?」
 彼女の夢の中で見舞いにでも来たのだろうか。それはとても非現実的な問いだった。
 「なんか、明日朝早くの飛行機に乗るんだって。」
 あり得ないはずの回答。
 「そうなんだ。会いたかったな。話したいこと、いっぱいあったのに。」
 胸の奥が、ズキりと痛む。それは嘘を吐いたことに対する罪悪感なのか、彼女の父親に対する嫉妬なのか、その時すぐには理解できなかったけど、きっと両方だったのだと思う。
 「代わりに聞くよ。何を話したかったの?」
 「あのね、私が学級委員長に推薦されたこととか、最初はイヤだったけど、最近は楽しくなってきたこととか、部活に後輩ができて先輩って呼ばれるようになったこととか、お姉ちゃんが先輩の男子を振っちゃったこととか、他にもいろいろ、たっくさん。」
 「そっか。」
 三回忌を前に季沙はアイツへ連絡をしていた。もちろん、法事に参列するようにだ。だけど当日になってようやく繋がったその電話の先でヤツは「すまない。」とひと言。そう言い残して切れたのを最後に、アイツの携帯電話に掛けても無機質なアナウンスが聞こえるだけとなった。だから、こちらからの連絡手段はもうない。住所も分からないから手紙も書けない。
 季沙はそれ以来、いつかアイツがこの家に帰ってくる日を、ただそれだけのことを心待ちにしている。
 「あまり興奮するとぶり返すから、もう寝な。」
 「うん。おやすみなさい、お姉ちゃん。」
 「おやすみ、季沙。」
 元より夢うつつだったのか、目を閉じるとすぐに寝静まった。
 「私は、季沙を見放さないよ。ずっと側にいる。何があっても守る。約束する。また、ふたりで一緒に心から笑い合える。そういう毎日を過ごそう。」
 必ず笑顔を取り戻す。ふたりで幸せになる。二度と季沙を泣かせない。
 その想いを込めて、私は彼女の唇に誓いを立てた。


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