初めて恋心を意識したのは中学に上がってからだった。お母さんが死んだとき、決して帰ってくることのなかったアイツに憎悪を抱いた。私たちを引き取り育ててくれた祖父は例外だったけど、男というものにも嫌悪感を持つようになったのもその頃だと思う。
祖父たちは好きだ。でもいつまでも面倒を掛けるわけにもいかなかった。だから半ば意地を張って、三回忌を過ぎた頃、祖父母には以前から趣味にしていた旅行を再開するよう勧めた。けど本音は、季沙は私が見る。私が守る。そう思うようになっていた私の、独占欲の表れだった。
そして、私たちは二人きりで暮らすようになった。
それから先、きっかけになったのは季沙が熱を出して倒れたときだった。それはもうひどい熱で、私には数年前の悪夢がよみがえる。また大切な家族を失ってしまうんじゃないかと、たまらなく恐かった。
病院でもらった薬を呑ませ付きっきりで看病をした。だがうなされる中で彼女がひたすら呼ぶのは、父親だった。でも季沙がいくら呼んでもアイツは来ない。私の耳にこだまする度に、私はアイツを呪った。
ようやく熱が引いて意識が戻ったのは、夜遅くのことだ。
「お姉ちゃん……?」
「あ、季沙!よかった、苦しくない?」
「うん。心配掛けてごめんなさい。……お父さんは、もう仕事に行っちゃったの?」
彼女の夢の中で見舞いにでも来たのだろうか。それはとても非現実的な問いだった。
「なんか、明日朝早くの飛行機に乗るんだって。」
あり得ないはずの回答。
「そうなんだ。会いたかったな。話したいこと、いっぱいあったのに。」
胸の奥が、ズキりと痛む。それは嘘を吐いたことに対する罪悪感なのか、彼女の父親に対する嫉妬なのか、その時すぐには理解できなかったけど、きっと両方だったのだと思う。
「代わりに聞くよ。何を話したかったの?」
「あのね、私が学級委員長に推薦されたこととか、最初はイヤだったけど、最近は楽しくなってきたこととか、部活に後輩ができて先輩って呼ばれるようになったこととか、お姉ちゃんが先輩の男子を振っちゃったこととか、他にもいろいろ、たっくさん。」
「そっか。」
三回忌を前に季沙はアイツへ連絡をしていた。もちろん、法事に参列するようにだ。だけど当日になってようやく繋がったその電話の先でヤツは「すまない。」とひと言。そう言い残して切れたのを最後に、アイツの携帯電話に掛けても無機質なアナウンスが聞こえるだけとなった。だから、こちらからの連絡手段はもうない。住所も分からないから手紙も書けない。
季沙はそれ以来、いつかアイツがこの家に帰ってくる日を、ただそれだけのことを心待ちにしている。
「あまり興奮するとぶり返すから、もう寝な。」
「うん。おやすみなさい、お姉ちゃん。」
「おやすみ、季沙。」
元より夢うつつだったのか、目を閉じるとすぐに寝静まった。
「私は、季沙を見放さないよ。ずっと側にいる。何があっても守る。約束する。また、ふたりで一緒に心から笑い合える。そういう毎日を過ごそう。」
必ず笑顔を取り戻す。ふたりで幸せになる。二度と季沙を泣かせない。
その想いを込めて、私は彼女の唇に誓いを立てた。